三香見サカ先生&黒木美幸監督 対談インタビュー
誰かの背中を押してあげられるような、優しい世界を届けたい
――インタビューラストは三香見サカ先生と黒木美幸監督の対談をお届けできればと思います。まず三香見先生は、TVアニメ化決定を知らされたときのことを振り返って、どんなお気持ちだったか教えてください。
- 三香見
- それがすごくさらっと報告されたので、そのときはあまり実感が持てなくて……(笑)。でも制作スタジオのCloverWorksさんとやり取りさせていただくなかで、「本当にアニメになるんだ……!」とじわじわ感じ始め、とにかく嬉しかったです。恐らく多くの漫画家にとって、アニメ化は目標のひとつとしているところがあると思いますので、自分もできることをひたすら頑張っていました。
――初めてPVをご覧になった際はいかがでしたか?
- 三香見
- すっごく泣いてしまったのを覚えています。ヤバッ……!と思って。「薫子の髪がものすごく綺麗に動いてるけど、一体どれぐらい時間を掛けてくれたんだろう!?」とか、本当にありがたく嬉しく思いました。
――対して黒木監督は、本作へのオファーが来た際のご心境は?
- 黒木
- 元々ラブストーリーものの作品を、いつかやってみたいな……とは、ぼんやり思っていたんです。そんななか、前作の作業が終わったタイミングで、「『薫る花』という作品の、アニメ化企画があるんですけど」と伺って、そこから原作を拝読しました。たしか当時、7~8巻が出たあたりだったと思います。それで読み終わったときに、「この作品をアニメでやるなら……」と考えながら読んでいたことに気付いたんです。自分のなかに、この作品をやってみたいという、前向きな気持ちがあるんだなと。先生が描かれる優しい世界を、アニメとしても面白くできそうだと思ったことを覚えています。
――今監督から“優しい世界”とありましたが、改めて先生は『薫る花は凛と咲く』という作品で、どんなことを描きたいと考えられているでしょう?
- 三香見
- 最初はまさにその優しい世界、平和な世界を描きたいなと、ぼんやり思ったところからのスタートでした。おこがましいかもしれないですけど……やっぱりみんな生きていくなかで、嫌なことって絶対あると思うので。そんなときにこの作品を読んで「もうちょっとだけ、頑張るか……!」と、少しでも誰かの背中を押せる漫画にできたらいいなということを思いながら、ずっと連載を続けています。自分も創作物にたくさん助けられてきた身なので。
――『薫る花』の登場人物は本当に優しくて温かい人ばかりです。それは先生ご自身が誰かと相対するときに、まずその人の優しいところや良いところを探されるからなのかな?と、勝手ながら想像していました。
- 三香見
- 無意識にそうしている気がします。人の嫌なところを探すより、良いところを探したほうが、生きやすいかなって。
――そのスタンスは昔からお持ちだったのですか?
- 三香見
- えー! 自分では分からないです!(笑)でも大人になってからは、意識的にそうするようにしています。楽しく生きれる方法を探すというか。
――ぜひ見習いたいなと思いました。改めて監督は『薫る花』のストーリーや人物にはどんな魅力を感じましたか?
- 黒木
- 優しい人たちではあるんですけど、決してそれだけじゃない面もどんどん見えてくるのが面白くて。芯がしっかり通っているキャラクターがいたり、その子とやり取りしていくうちにだんだん自分もやりたいことができてくる……みたいな。凛太郎の成長をはじめ、キャラクターたちの心情と連動して読み進めることができ、読者も前向きな気持ちになれるところが、素敵な作品だなと思っています。それに自分も学生時代、こういうことで悩んだこともあったかもしれないな……と、自分自身とも重ねてみたり、だからよりキャラクターのことを応援したくなったりもして。アニメでもそういったところを、しっかり落とし込みたいなと考えました。先生が誰かの背中を押せるような作品にとおっしゃっていたように、『薫る花』が持つその空気感を、ちゃんと届けられるアニメが作りたかったです。
凛太郎の仕草からも、彼の優しさが伝わるように
――ちなみに『薫る花』は、ストーリーから作られたのでしょうか? それとも凛太郎や薫子といった登場人物から誕生したのですか?
- 三香見
- 登場人物でした。最初はふたりのビジュアルから決めたと思います。とにかく自分が、身長差が好きで。
- 黒木
- ちょうど先日、Xでもその話をされていましたよね?
- 三香見
- 「やりすぎたな」って(笑)。
- 黒木
- あははは、やりすぎた!
- 三香見
- 立ち絵を描くときが、本当に大変なんです。凛太郎をしゃがませたり、二人を座らせたりしないといけないから。ワンパターンになりがちで。
- 黒木
- たしかに。でもそういうところに、キャラの仕草や優しさが出てくるところも面白いなと思います。アニメでも凛太郎を屈ませたり、ちょっと猫背っぽく描くことがあるんですけど、薫子と目を合わせるならこういう仕草になるよなと。そう考えると、自然とそれをやっている凛太郎って、すごく優しい子だな!と思うんです。そして先生がそのあたりまで気にされながら、作品を作っていらっしゃるんだろうなということも、伝わってきます。
- 三香見
- 仕草や行動からも、優しい人であることが見えるように、というのは、たしかにキャラクターたちを描くうえで気を付けているポイントです。
――ちなみにこの機会に、監督から何か先生に質問してみたいことはありますか?
- 黒木
- 原作を追っていくと、だんだん描かれていくところだったのですが、例えば「部活動はやっていないんですか?」「バイトはどうしているんだろう?」といった私生活に関することだったりは、たびたび質問させていただいていました。だから個人的に今一番気になっているのは、千鳥と桔梗の学校同士のいざこざが、解決するのか?というところ。連載で遂に紐解かれていきそう!?と、一読者として毎週楽しみに読んでいます。第1話を作りながら、ここまで対立構造があるのはどうしてなんだろう?と、やはり疑問に思っていたので。
- 三香見
- ジャンルとしては少年漫画になるので、何かしら分かりやすい対立はあったほうがいいかな?とは思っていたんですけど。ただ実は最初は、あそこまでバチバチさせる予定ではなかったんです。でも第2話を提出したときに、担当編集さんから「もっといっていいよ」と言われて、こうなりました。
- 黒木
- じゃあ最初はもっとマイルドだったんですか?
- 三香見
- (頷いて、担当編集さんに目線を送る先生)
- 一同
- (笑)。
- 担当編集
- 今よりマイルドだったと思います。
- 三香見
- 本当にいいの? もっとバチバチさせるの……!?と思いながら、描いた記憶があります。第1話冒頭で翔平がハンカチを拾ってあげるところとか、アニメで観ると本当に態度がキツくて、これはしんどい!!と自分でも思いました(笑)。
- 黒木
- 動きが付くと、よりそう感じますよね。だからアニメを作るうえでは、どこまでやっていいのかな?というのは、けっこう悩みました。やりすぎるとシリアスに寄ってしまい、このあと関係修復ができなくなってしまうかも……となってしまうので。その点原作では、要所要所でガス抜きをされているなと感じるんです。シリアスなだけじゃなくて、ちょっとコメディ要素を入れていて、息抜きさせてくれるターンを入れてくださっているなと。作品的にやろうと思えばいくらでもシリアスに振れると思うのですが、そうなると『薫る花』という作品が持つニュアンスや表現したいものからズレてしまう。なのでアニメを作るうえでは、振り切りすぎないことを心掛けています。
- 三香見
- 2校の間に何があったのかはもちろん、それをどう解決させていくか、読者の方々をどうすれば納得させられるかは、力を入れたいなと思っているところで。今まさに連載作業で、頭を悩ませています。
凛太郎が突然告白し始めて、こちらのほうが慌てていました(笑)
――それでは物語の軸となる凛太郎と薫子の人物像について、おふたりに伺えればと思います。まず凛太郎について、彼をどんな人物だと捉えて描かれていますか?
- 三香見
- アニメ第13話までのお話だと、凛太郎は他者とあまり関わらずに過ごしてきたために、周りの人たちが普通に経験してきたことができていません。そのため「なぜ付き合うのか?」といったことも、それまで考えたことがなかっただろうし。そうやって1個1個立ち止まって、向き合って、考えなければいけない人だと思っています。
――先生のなかで、凛太郎が見えたのはどのあたりだったのでしょう?
- 三香見
- 彼の軸みたいな部分がちゃんと生まれたのは、昴に公園で「どうすれば和栗さんに会うことを許してくれますか…?」と聞く回(原作第12話)でした。担当さんとの打ち合わせ時点では、このシーンはなくて、ファミレスで薫子を交え「友達にふたりのことを話したい」と言う流れにする予定だったんです。でもそれに違和感があって。凛太郎だったら、まずは昴と決着を付けるんじゃないか?と。そこからあのくだりを入れたことで、凛太郎はこういうところまできちんと大切にする子なんだ、自分が大切にしている人の周りの人まで、ひとり残さず見られる子なんだなという、彼の人物像が見えました。それが今でも、彼の軸になっていると思います。
- 黒木
- 凛太郎は本当に律儀な男ですよね。一方で、それ以外の手段が分からないのかもなとも思います。アニメで声が付いた彼を追いかけていくなかで、私は第8話ぐらいからガラッと雰囲気が変わったような印象を受けました。彼の素の部分が出始めていくというか、彼が元来持つ素直さや優しさが、ちゃんと表層に上がって見え始め、それが新鮮でいいな!と。それまであった諦めや壁が、なくなり始めて。翔平たちが凛太郎ってそんな素直なやつだったんだ!と言っていたように、自分たちでアニメーションを作りながら、それを実感できたんです。実際制作チームでは、「凛太郎、素直な表情が多くなったよね!?」と話すことが増えました。第1~2話では、本人としては怖い表情をしているつもりはなくても、真顔でぬっ……とした感じでしたから、そこからすると全然変わってきているねと。軸が大きく変わっているとかではないと思うのですが、周りの影響を受けて彼に変化が表れているのが、作っていても面白くていいなと感じます。
――三香見先生は今回のアニメまでのお話で、特に凛太郎にとって大事だったなと感じるシーンを挙げるとしたら?
- 三香見
- 選ぶのが難しいですけど、第2話ラストの校門前で薫子と話すところで、「俺も嬉しかった!」というセリフでしょうか。彼が初めて自分の気持ちを出せたところだった気がしますし、あれがなければ、彼は今ほど素直にはなっていないのかなとも思います。それから第3話の図書館で、薫子に「諦めることにもう慣れたくねぇ」と話すところ。あのセリフを言わせたことによって、“それ以前の彼には戻さないようにしよう”という、ひとつの基準ができました。
――次に薫子の人物像についてはいかがですか?
- 三香見
- アニメ最終話、原作では第40話の薫子の過去が描かれるまでは、薫子の本心を語るモノローグを、意識的に減らしたいなと考えていました。人から見た薫子は、強くてまっすぐでカッコよくて……というキャラクターなのですが、多分本人的にはそういうわけではなくて、全然普通の女の子で、弱いところもあるんです。
- 黒木
- 先生が今おっしゃった彼女のモノローグを最初あえて作っていなかったというのは、原作を読み進めていくときに感じました。最初は私も薫子を、芯が強くてまっすぐで、自分のしたいように行動できる子……みたいに思っていたんです。特に物語前半では、昴や凛太郎の背中を押したり、引っ張ってくれたりするような言葉を掛けてくれますし。でも原作で凛太郎と付き合って以降、ちゃんと弱い部分が出てきます。凛太郎視点で読んでいると、よりそんな彼女のギャップが素敵で魅力的に映り、こりゃあ凛太郎くんも好きになっちゃうよ!と思いました。自分だって当たり前に緊張するよと打ち明けたり、10代の等身大の女の子な部分が見えてきたり、最初とは違う薫子が見えてくる瞬間があって、めちゃくちゃ可愛いです! それも踏まえて第1話からの薫子をもう一度辿って描く最終話では、そういった彼女の魅力をしっかり念頭に置きながら、アニメーションに落とし込んでいきました。
――先生として、アニメで描かれている物語の部分で、薫子の特に重要になったシーンは?
- 三香見
- それも凛太郎と同じ第2話で、「他でもないあなただから私は知りたいと思ったんですよ」かなと。学校同士の対立があるなかでも、目の前のあなたと接しているんだよという姿勢が、薫子の軸、ひいては作品自体の軸にもなっているかと思います。あとは原作執筆時、薫子の過去編を描きたいという気持ちがあって。そもそもこの作品は、TVアニメの第1話と最終話、原作でいう第40話で、語る人物が入れ替わり、凛太郎と薫子がお互いこう思っていたんだという構造を描きたくて、始めたところがありました。同じ物語でも全然違って見えるというか、第1話に戻ってまた見返していただけたらなと。
――では原作の第40話を描いているときは、「これが描きたかったんだ!」といった手応えや達成感があったのではないですか?
- 三香見
- そうですね。そのあと燃え尽き症候群とまでは言わずとも、「はあ……」と一回力が抜けてしまった記憶があります(笑)。ただ自分としては、あんなに早くふたりがくっつくとは思っていなかったんです。
――そうだったんですか!?となると先生としては、ふたりが結ばれるのは、もう少し先になる予定だったのでしょうか?
- 三香見
- はい。もちろん、付き合って終わる漫画として描いているつもりはなかったんですけど。でもなんか凛太郎が告白しちゃって……(笑)。
- 黒木
- (笑)。
- 三香見
- 線香花火をしながら話す内容は、担当さんとの打ち合わせで決まっていたんですけど。この流れなら言うよね……? じゃあもう告白させるか……!となり、本当に焦りました。
――先生も挙げられた第2話の薫子のセリフが、夏祭りでもう一度出てくる流れも巧みだなと思っていのですが、そこも狙い通りだったのでしょうか?
- 三香見
- あれは執筆中に自分から出てきた、アドリブだった気がします。というのも、突然凛太郎の告白が入ってきたことで、実は凛太郎以上に、自分のほうが慌てていたんです。こんなに早い段階で付き合ってしまって、このあとどうするの!?って(笑)。だからこそ、線香花火から夏祭りまでの部分は、自分自身が作品にダイブできた感覚もありました。なので第2話のセリフをもう一度持ってくるのも、元々計算していたわけではなく、ただただ薫子ならそう言うだろうなと。うまくまとめられて、良かったー……!とホッとしていました(笑)。
――ちなみに登場人物のなかでも、おふたりがご自身に一番近いと共感できるのは誰でしょう?
- 黒木
- 私はアニメの先のお話で出てくる、沢渡亜由美(さわたりあゆみ)の気持ちが、一番分かる!と思いました。
- 三香見
- えっ、私もです!!
- 黒木
- スゴい人が周りにいて、みんな眩しくて、でも自分も諦めきれなくて……とモヤモヤしている葛藤は、よく分かるなと。
- 三香見
- 自分もまったく同じで、亜由美のことが真っ先に頭に浮かびました。凛太郎たちのことはまっすぐで眩しいなと思いながら描いてきましたが、あのあたりはそれまで以上に、なんだか自分自身のことが小さく思えてしまうような、本当に亜由美と同じようにしんどくなりながら描いていた記憶があります。善意なのは分かっているけど、それでも自分はこんなふうにはなれないや……って。
- 黒木
- 亜由美自身も全然、善人なんですけどね。だからこそ多分、彼女も苦しいんだろうなと理解できます。
最終話は三香見先生自らネームを切ってくださったんです
――アニメ制作を進めるなかで、先生と監督及び制作チームとは具体的にどんなやり取りをされましたか?
- 黒木
- 実は最終話のシナリオ打ち合わせに向けて、先生自らネームを切ってくださったんです。原作では告白後のふたりの表情や、ちょっとした余韻のやり取りが描かれていないのですが、アニメーションでは最終話を締め括るためにも、そこまで描かなければいけないので、どうしましょうね?と議題に挙がっていて。そうしたら先生のネームが届いたので、「スゴい!!」とスタッフ一同、湧きました。
- 三香見
- 担当さんからの連絡を受けて、第13話のシナリオ会議に間に合うように、土壇場で上げました。
- 黒木
- カフェかどこかで描いてくださった、みたいに聞いた気がします。びっくりしました。
- 三香見
- 本当に会議が始まる直前に(笑)。間に合って良かったです!
――そんなエピソードがあったのですね! 先生は時間がないなかでも、さらっと描けたのですか?
- 三香見
- そうですね。スムーズに描けました。やっぱり第2話の回想を、凛太郎は持ってくるだろうと思ったので。
- 黒木
- 主に最後の凛太郎のモノローグに繋がるところを、いろいろと足してくださって。教室で向かい合って、手を振り合う描写が流れるところでかかる、ナレーションのセリフも、先生が書いてくださいました。
――先生は今回初めてアニメ化に携わって、特に印象深かったことはありますか?
- 三香見
- びっくりしたのが、監修物の多さです。
- 一同
- (笑)。
- 三香見
- というのも、そんなところまで気にしてくださるんだ!?と驚いたんです。キャラの服装から表情まで、全部送ってくださいましたよね?
- 黒木
- そうですね。パーソナルな部分に関係することを、アニメ側で勝手に変えてしまったらいけないので、メインキャラは一度確認を通しておかなければいけなくて。そのぶん先生は、チェックが大変だったと思います。
- 三香見
- いやいや、自分でもそこまで考えられていなかったな、みたいな部分まで丁寧に拾ってくださり、逆にこちらとしては助かりました。アニメ制作を通して、キャラクターたちのことを、さらに掘り下げていけたと感じています。ケーキの色はアシスタントさんが担当してくださっていたから、自分では決めていなかったな……ヤバい!とか(笑)。例えば表情の部分では、6人が公園で和解するところで、「昴のモノローグの表情は、どう描いたらいいですか?」といただいて、それもびっくりしたんです。こちらで赤入れしちゃっていいんだ!?と思って。それでたしか、「眉頭の角度をもう少し八の字にしたほうが、力が入っている感じがして、より原作に近くなると思います」とお戻した記憶があります。自分が漫画を描くうえで、表情はものすごくこだわっている部分のため、アニメチームでもそこをきちんと汲み取ってくださっていることが、すごく嬉しかったです。
――では監督目線で、特にこだわったシーンを挙げるなら?
- 黒木
- どの作品もそうなのですが、アニメーションとしてフックになるアバンを作らなければいけないという意味で、第1話の頭はどうしよう?というのは悩んだところでした。そんななか『薫る花』は、シリーズ構成の山崎莉乃さんがシナリオで桔梗のコーラスが聞こえる描写を入れてくださっていて。それなら既存の合唱曲で、作品に寄り添ったものはないかな? それをアバンの凛太郎に重ねたいなと、絵コンテを描いているときに思い付き、選んだのが『春に』です。喜びや悲しみ、怒り、明日への希望といった複雑な気持ちが、登場人物みんなに当てはまる気がしたこの曲を、ぜひ冒頭で流したいなと。思春期の少年少女の葛藤が、本作にも絶妙にマッチしているのを感じながら、その部分の絵コンテを進めていきました。
――先生は完成したアニメーションをご覧になって、特に印象深いシーンを挙げるとしたらいかがですか?
- 三香見
- 全体的に凄まじい完成度で作ってくださり、毎話感動しているのですが、なかでも第6話は原作とけっこう異なる演出を入れてくださっていたため、印象に残っています。薫子と昴が夜の公園で話すところで、例えば錆のシーンは、昴から出ているようにも見えるし、突き刺さっているようにも見える描写がされていて。正直、悔しい!と思わされました。
- 黒木
- 先生はそういうコメントを、絵コンテのチェック時に、毎回付けてくださるんです。それがすごく励みになっていました。
- 三香見
- 同様に第1話でも、悔しいと思ったんですよね。凛太郎がすごくカッコいいんですよ。薫子を守る場面で、走ってくる足のカットが入っているんですけど、それがめっちゃカッコよくてっ!!
- 黒木
- ありましたね(笑)。実を言うと『薫る花』は、第1話ぐらいしか走らせるシーンがなくて……。みんな会話で問題を解決していってくれる子たちなので、案外走らせられないかもと。そこで第1話とオープニングで消化しています。
- 三香見
- 青春漫画なのに、走らせてくれない作品だから(笑)。
- 黒木
- 青春モノらしく、走ってもらいました(笑)。
――少し話が戻りますが、第6話は錆の表現のほかにも、お花やヒーローのおもちゃを持たせたり、「紬くんのこと 好き?」と聞く昴のセリフを、声のお芝居ではなく文字で表現されていたのがすごく印象的でした。
- 黒木
- あれは絵コンテを描いてくださった加藤 誠さんから出たアイデアです。絵コンテ打ち合わせ時に、文字の演出で見せられたらいいなとお話ししていて。薫子が初めて「好き」という気持ちを人に打ち明けるところになるので、それを立てる形にしてくれています。
同じ「ありがとう」でも、花火のシーンのこの言葉はすごく特別なものでした
――黒木監督がアニメを作りながら、気付きを得たことにはどんなものがありますか?
- 黒木
- 先生はコマ割りから「映像的にこう落とし込みたい」と考えながら、描いていらっしゃるのではないかな?という気がしました。
- 三香見
- 嬉しい……!
- 黒木
- 第12話の花火のシーンなんかも、人物の動作があって、ここでバッと花が開いて……とか。そういう情緒的な部分をかなり意識し、映像として起こしながら、漫画を作られているのではないかな?と感じています。だから音も付くアニメーションでは、それをいかに自然に見せられるか、漫画で読んだコマの雰囲気のまま観られるようにするためには?ということを、毎話大事にしていました。
- 三香見
- まさにおっしゃるとおりで、自分はどちらかと言うと、ドラマや実写映像をイメージして、漫画を描いているところがあって。例えばちょっとした目の動きや、手の力の込め具合いもそうですし。キャラの顔を描かずとも、緊張しているんだろうなとか、戸惑っているんだろうなということが伝わるように、たとえページを半分使おうともそこは頑張っているので、映像的と言っていただけるのは嬉しいです。
――では三香見先生がアニメでここが観たかった!と、嬉しくなったのはどこでしょう?
- 三香見
- 千鳥のわちゃわちゃ具合です(笑)。原作でも男子校のあの感じはすごく動きが出るところでしたし、それがアニメになるとさらに賑やかで。ガヤ収録も毎回盛り上がっていて、まさに自分がイメージしていたままだったのが、嬉しかったです。
- 黒木
- たしかに、収録現場も毎回ワイワイしていましたよね(笑)。声が付くことで賑やかさがより立って、千鳥はすごく楽しそうな学校だなと、いつも思っていました。
――収録では細かく丁寧にディレクションが行われていたと、キャストさん方がおっしゃっていました。先生は初めてアニメの収録に参加されて、いかがでしたか?
- 三香見
- 第1話で初めて収録現場に立ち会わせていただいたときに、自分としてはこうしてもらいたいな……と思ったところがあったとしても、黒木さんや音響監督の濱野高年さんのほうから、全部それを言ってくださったんです。原作を本当に読み込んで、こちらの意図を汲み取ろうとしてくださっているのが分かりました。だから私はただ座っているだけで、ほとんど喋ることはないんじゃないかな?という感じで(笑)。一応ちょこちょこ口を出させてもらいましたけど。
- 黒木
- いえいえ、「これはここまで言っていいんですか?」とか、やっぱり最終確認として先生に答えを求めてしまう場面も多かったです。特に最終話は、告白シーンを含め、かなり揉みましたよね?
- 三香見
- そうですね。第12~13話は特に。
- 黒木
- 凛太郎のつまみ具合をどこまで出していいのか、先生のほうでかなり明確なビジョンをお持ちで、ご意見をいただきながら進めることができました。例えば海で凛太郎が薫子にお礼を言われるところでは、「お礼を言わなきゃいけないのは俺の方だよ」と自分が変われたことについて語る部分は、先生のおかげでしっくり来る熱量に落ち着けたと思います。私もお話を聞いて、ここまでアツくなっていいんだ!と、改めて理解を深めることができました。
- 三香見
- ここは今まで凛太郎が伝えてきた「ありがとう」とは、別の意味でしっかり伝わる言い方でと思っていたんです。同じ「ありがとう」という言葉でも、あの場面ではすごく特別な言葉になるため、それをどうしたら伝えられるのか……。その結果、凛太郎役の中山祥徳さんには、相当こちらに付き合わせてしまって、申し訳なかったです。
- 黒木
- でもちゃんと正解に辿り着けたので、良かったです!
――中山さんも薫子役・井上ほの花さんも、役柄にピッタリなお芝居だったと思います
- 三香見
- 本当に凛太郎や薫子が、そのまま喋っているみたいでした。
- 黒木
- 最初の頃、「凛太郎って、こんなにカッコいいんだ!」って、先生おっしゃっていましたよね(笑)。
- 三香見
- びっくりしてしまって(笑)。ここまでカッコよく描いているつもりはなかったんだけどな?って。
- 黒木
- おふたりともフレッシュな部分が、キャラクターとマッチしていましたし、物語が後半に行くにつれ、キャラクターをますます自分の中に落とし込んでいっているのが伝わってきました。ふたりも凛太郎と薫子と一緒に、成長しているなと。おふたりに演じていただけて良かったです。薫子もラストの「私は和栗薫子です」や「私も凛太郎くんが大好きです!」は、オーディションと本番とではニュアンスが変わっていたんですよね。あれは第13話までの本編を経てからでなければ、出てこなかったお芝居であり、井上さんのお声だったなと感じます。最初からしっくりハマるものになっていて、リテイクが全然いらず、ただただスゴいなあと感心していました。
――それでは最後に『薫る花』ファンのみなさんへ、一言ずつメッセージをお願いします。
- 三香見
- まずは関係者の皆さまに。アニメのおかげで、今まで以上にいろんな方へ『薫る花は凛と咲く』という作品が届いたことが、すごくありがたいなと思っています。そしてそれも、CloverWorksさんはじめ、スタッフ&キャストのみなさんが、妥協せず向き合ってくださったおかげです。ここまで自分は恵まれていていいんだろうか?と思ってしまうぐらい、最後まで本当に楽しくみなさんとお仕事をさせていただくことができました。心から感謝をお伝えしたいです。みなさんお忙しいかと思いますが、今後も体調には十分気を付けてください。
- 黒木
- それは先生もです!(笑)
- 三香見
- ありがとうございます(笑)。そして何より今回のTVアニメ化は、読者のみなさんが連れてきてくださった結果ですので、本当に感謝の気持ちしかありません。毎週ご視聴くださって、ありがとうございました。引き続き連載も、よろしくお願いいたします。
- 黒木
- 本作は制作チームの全員が、ストイックに向き合ってくれているのを日々感じる現場でした。それはきっと素敵な原作と、チェックや打ち合わせなどを通じての先生とのやり取りから生まれた姿勢であり、みんながひとつの方向を向くことができていたのだと思います。その熱量がしっかり映像にも乗って、視聴者のみなさんに届いているのであれば、すごくありがたいです。キャストのみなさんも最後まで真摯に取り組んでくださり、監督として日々緊張はあれど、とても楽しい作品でした。このチームでなければできなかった映像に仕上げることができたと思っていますので、引き続き『薫る花は凛と咲く』を楽しんでいただけたら嬉しいです。