オープニング アーティスト・キタニタツヤ インタビュー
『薫る花』から感じた“初恋”がもたらす衝撃
――最初にキタニさんは、原作コミック『薫る花は凛と咲く』にどんな魅力を感じられたか、教えてください。
- キタニタツヤ
- オープニングのお話をいただき原作を読ませていただいて、各登場人物の背景にちゃんとストーリーがある作品なんだなと感じました。いろんな性格・性質のキャラクターがいて、どうしてそういう人となりになったのか?という説明が、今回アニメ化されている先の物語でもしっかり描かれていて、そこがすごく丁寧だなと感じます。個人的にもそういう作品が好きなんです。こういうジャンルの作品は、恋愛模様がどう進むかにフォーカスが行きがちかと思うのですが、その点『薫る花』は人物描写がとても丁寧で、そこに好感が持てました。
――『薫る花』を読みながら、ご自身の学生時代を思い起こされた部分はありますか?
- キタニタツヤ
- 高校時代に自分がこんな綺麗な恋愛をしていたか?というと、全然そんなことはないんですけど(笑)。僕が本作を読んで心に浮かんだのが、高校時代というより“初恋”で。初恋って、それまで家族や友人くらいとしか関係を築いていなかった自分の社会のなかに、突然“恋愛”という新たな軸がひとつ増える出来事じゃないですか。恋愛は多くの人が人生において避けては通れない軸であり、それが突然現れる瞬間が、初恋だと思うんです。そうなるとコミュニケーションの種類も、それまで取ってきたものから一変しますよね? 家族に対して、友人に対してと比べると、やることなすこと全部違うし、与えられるものも得られるものも違う。それがすごく新鮮で、初恋を経験すると、人間が大きく作り変えられると思うんですよ。僕がそうだったんですけど(笑)。そういう懐かしい気持ちが蘇りました。
――ちなみにキタニさんご自身はどんな高校生でしたか?
- キタニタツヤ
- 典型的なサブカル男子だったので、サブカル女子にモテていました(笑)。オリジナル曲を作ってライブハウスで演奏して、すごいカッコつけていましたね。見た目も今とそんなに変わらなかったと思います。カッコつけたバンドマンの卵がいた、という感じです(笑)。
――『薫る花』で特に共感できた登場人物はいましたか?
- キタニタツヤ
- いやー、僕はもう凛太郎たち高校生世代を、共感という目線では見られなくなっていて。だから凛太郎のお母さんや、凛太郎たちの担任の先生が、憧れ半分、共感半分という感じでした。お母さんだったら、凛太郎がそれまで背負ってきた仄暗い過去を想いながら、見守る優しさが好ましく、自分もこういう親になりたいと思いましたし。担任の塚っちゃんだったら、夏休み前に生徒に声を掛けるシーンが、僕はすごく好きなんですよ。子供たちの善性を信じている、その信頼の置き方が素敵だなと。自分もこんな大人になりたいなと思わされました。
――放送されている本編をご覧になっての感想も聞かせてください。
- キタニタツヤ
- コミカルなシーンを含め、全体的に演出の幅が広くなっている印象です。だから原作コミックとは読み味が全然変わっているところが面白くて、純粋に別物として楽しめるなと感じました。オープニングもすごく綺麗なアニメーションを作ってくださっていて、ありがたいです。
――放送されたばかりの第7話で特に好きなシーンは?
- キタニタツヤ
- 凛太郎がファミレスで薫子、昴と話すのを、千鳥の3人が盗み聞きするシーンがすごく良かったですね。学生時代のギクシャクの大半は、コミュニケーション不全であり、言葉をしっかり交わせば解決できるのにな……と、大人の視点からは思うじゃないですか。それも相まって、ああいう形で相手の想いを知れるのが美しいし、劇的でいいなと。やっぱり本人が目の前にいる場で、ああいうふうに言葉を尽くすのは、気恥ずかしさとかが邪魔をして、難しかったりするじゃないですか。
――そう思います。
- キタニタツヤ
- でも本当はその気恥ずかしさって、なくて良いものなんだということを証明するようなシーンでした。自分も凛太郎たちよりはよっぽど大人ですけど、言葉を尽くすことって大事だなとしみじみ思いました。現実はこう上手くはいかないことのほうが多いですしね。おじさんくさいですけど(笑)、これを観ている学生さんたちはどう感じるんだろう?とも考えました。
――思春期のとき、自分はこんなふうに友達と接せられていただろうか?と思います。
- キタニタツヤ
- そうですよね。『薫る花』に出てくる子は、みんな素直で良い子たちじゃないですか。その素直さこそ、社会で生きるうえでは一番大事なものなんだということを、作品全体からビシビシと感じます。これは三香見サカ先生の哲学なのかもしれないなと。ひとつの真理ですよね。
自分史上、一番明るい曲を作りたかった
――オープニングアーティストとしては、どのように楽曲制作に取り組まれたか教えてください。
- キタニタツヤ
オープニング曲『まなざしは光』を作るにあたって、ファーストPVの映像を繰り返し拝見しました。アニメに関する資料は原作以外特にもらっていなかったのもあって、どういう質感でアニメ化するんだろう?というところで、あの映像が大きなヒントになったんです。特に、雨が降るなか傘を差すシーンがキーとして描かれていたのが印象的で。作中にはそこまで雨の場面が印象的に出てくるわけではないし、どうして雨なんだろう?というところから発想を展開し、今回の『まなざしは光』という曲が出来上がりました。
――それで最初のフレーズが「雨降り 小さな傘に」なのですね。
- キタニタツヤ
- ほかにも重く垂れこめている雲が、凛太郎と薫子が外側に張っている壁の理由になっていて、その奥から光が射してくる……というイメージです。この歌詞を受けてなのか元々そのつもりだったのかは分かりませんけど、オープニング映像も雨や傘がひとつのテーマになっていて、おお〜いいぞ!と。僕は曲を作るだけで、アニメーターさんたちと直接お話ししたわけではなかったですけど、コミュニケーションが取れているようで嬉しかったです。
――ご自身のXでも「か〜なり力作」と添えられていたオープニング『まなざしは光』について、改めてどんな楽曲になっているか教えてください。
- キタニタツヤ
- 僕の人生のなかでも、一番明るい曲を作ろうと考えていました。そもそも『薫る花』のお話をいただいたときに、「この作品の曲を、俺に書かせてくれるのか……!」という驚きがあったんです。キタニタツヤのパブリックイメージとはかなり違うから、どうして自分にやらせてくれるんだろう?と考えましたし、じゃあ自分にできることはなんだろう?と探すじゃないですか。それでまず挑戦として、明るい曲を作りたいなと。実はその欲求自体は、ずっと前からあったんです。だからといって明るい曲を作ろうとしても、それは自然とできるものではなくて。半自動的に手を動かしていると、勝手に作品が暗くなっていくから、それが僕の味だと思っているし、キタニタツヤとはそういうアーティストだと思ってくださっている方もたくさんいると思います。でも僕としてはもっといろんな曲を作ってみたくて、そのなかに今回のような、抜けるような青空!みたいな明るい曲も入っていたんです。特にきっかけがないから、できずにいたんですけど。だから今回は丹田に力を入れて、えいや!と取り組むべきなのでは!?と、この曲を作っていきました。
――曲と歌詞、どちらから取り掛かったのでしょう?
- キタニタツヤ
- まずは底抜けに明るいメロディを書かなければいけないなと、メロディ作りから始めました。でもメロディだけができた段階では、正直ものすごく不安でしたね。明るくて良いメロディだとは思うけど、これに自分の歌が乗ると考えると、自分の声は合わないんじゃないか……とか、すごく不安になりました。
――そんな挑戦と葛藤があったのですね。タイトルや歌詞にはどんな想いを込められましたか?
- キタニタツヤ
- 『薫る花』を読んで、何を一番に書くべきかと考えたときに、最初に話した“初恋”が浮かびました。初恋とは人生においてどれだけ、それまでの価値観をぶっ壊すものなのか、“恋のスゴさ”みたいなものを書きたいなと。人との出会いは往々にして人間を作り変えていくものだと思いますが、特に初恋ってめちゃくちゃ人生観を変えるもの。『薫る花』においても、凛太郎も薫子もこの恋で変わっていくし、周りの人も変えていく力がありますから。
――確かにそうですね。
- キタニタツヤ
- また凛太郎も薫子もそれぞれコンプレックスがあって、外界に対して心を許す部分と許さない多くの部分を持ち、でもその壁が少しずつ解きほぐれていく様子が、『薫る花』で描かれている恋の過程だと僕は捉えています。壁が剥がれ、自分自身が変わっていく経験は僕にもあるし、特に思春期にはいろんな人に起こることであり、それはすごく美しいことだと思うんです。そこでしか出会えない、味わえない、初恋がもたらす感覚を、なるべくフレッシュに音楽にしたい。それで出来上がっていたべらぼうに明るいメロディに、乗せる歌詞を考えていきました。今話したような言葉をなんとかまとめていくなかで、「君のまなざしは光だ」というフレーズがスパッとハマって。「ああ、良いこと言うな、俺!これがタイトルでいいじゃないか」と、完成したのが『まなざしは光』です。
――ではやはりそこがキタニさんとしても、特にお気に入りのフレーズになるでしょうか?
- キタニタツヤ
- そうですね、良いフレーズだなとは思いますが、基本的に自分の歌詞は全部好きなので(笑)。自画自賛になりますけど、全体的に良い歌詞に仕上がったなと手応えを感じています。
――『薫る花』は目元の印象を強く受ける作風だなと感じますし、キャストさんからもそういった声が挙がっていました。そのためキタニさんの楽曲がそれを端的に表すような『まなざしは光』だったのが、素晴らしいなと個人的に感じます。
- キタニタツヤ
- 言われてみるとそうですね?自分は特段制作時に意識していたわけではなかったですけど、無意識に引っ張られているところはあったと思います。他者を眼差す行為、眼差される行為は、コミュニケーションの一番原始的な部分というか。視線をやらずに言葉を掛けるなんてことはそうそうないわけで、言葉よりも絶対先に表れるものじゃないですか。だから自分が視線を特別視しているというのもあったと思います。
レコーディングも新たな形に挑戦。自分も成長できた一曲に
――レコーディング時のエピソードもぜひ教えてください。
- キタニタツヤ
- 今回は今までで一番大所帯でのレコーディングに挑戦したので、それを取りまとめるのが難しかったです。いつもならストリングスはカルテットの4人単位が基本で、実際そのレコーディングしかしたことがなくて。そもそも普段自分はパソコンで音を作ってしまうから、人に演奏を頼むのはドラムとピアノくらいだから、レコーディングも僕含め3人とか、こじんまりしていることが多かったんです。だけど『まなざしは光』は、4-3-2-2でストリングスが11人、ブラスも6〜7人。どれも単音しか出せないメロディを演奏する楽器になり、けれどメロディがいくつも重なると、どの音を聴けばいいのか、耳が取っ散らかるんですね。だからこのメロディが鳴っているときは、後ろのメロディは控えめに……と、交通整理をする必要が出てくる。でも演奏者が多いぶん「今音が変だった気がするけど、何のせいか分からない!」ということが起こって、すごく大変でした。
――それはご苦労がありますよね。
- キタニタツヤ
- 自分はバンド畑出身で、アカデミックなことはやってこなかったのもあって、パッと楽譜を見てもどの音が違っているか、すぐに見つけられないんですよ。「え〜っと、ここがドだから、1、2、3……ここはソか!」みたいに、五線譜を読むのにも時間がかかるんですよね(笑)。とにかく今までにやったことがないことばかりで、難しかったです。
――それでも人数の多い編成に挑戦したいと。
- キタニタツヤ
- そうですね。今までの自分だったら、ストリングスだけ録って終わりだったと思います。でも今回はまず僕のほうでストリングスのアレンジのデモを作り、それを清書してくださる方に整えてもらって、その後やっぱりブラスセクションもいっぱい入れたいぞ!と付け足して、ブラスの方も追加でお願いし、さらにアレンジも加えてもらって……と、やりたいことが少しずつ増えていって出来上がりました。今までやったことがないくらい、底抜けに明るい曲を書くぞ!ということも含めて、挑戦の多い楽曲で、『まなざしは光』の制作を通して、自分自身すごく成長できたと思います。
――キタニさんは『薫る花』のように、原作コミックをアニメ化した作品の主題歌を多く担当されています。その際大切にされていることはありますか?
- キタニタツヤ
- 自分だけの曲になってもいけないですし、逆に作品に寄り添いすぎて単なるイメージソングになってもいけないなと思っています。もちろん曲は作品のために作りますけど、なぜキタニタツヤが書くのか?キタニタツヤとしてその作品にどう関与していけるのか?ということは、熟考する必要があるなと。それができなければ、ほかのアーティストさんでも良いじゃないかという話になってしまいますから。そのうえで大事にしているのは、原作を読んだときに抱いた主観です。同じ作品を読んでいても、特に気になるポイントやスポットが当たっているように見える部分は、読み手によって異なりますよね。自分の目線からは、『薫る花』はこういうところが浮き彫りになって、こういうところに光が当たって、ここに共感できる……といったことを、何より大事にする。具体的には『薫る花』であれば、初恋の与える衝撃にクローズアップして、曲を書こうと考えました。そうしてクローズアップする部分も、自分らしい切り取り方にできるようにと思っています。
さぼらず、恥ずかしがらず、人との関係を築くことの大切さ
――では『薫る花』の凛太郎や薫子など、今の高校生や学生の方々に、何かちょっとしたアドバイスがあればお願いします。
- キタニタツヤ
- 難しいですねー!!(笑)うーん、そうだなあ……。人間関係をさぼらないこと、かな。どんな人を相手にするときも、ちゃんと向き合うこと。それってすごく労力がいるし、しんどいし、そんなの頑張るくらいならもっとやりたいことがあるよ!という時期だとも思うのですが。それをしっかりやっておかないと、大人になったときに後悔する気がします。例えば恋愛であれば、相手に真摯に向き合って、付き合うときも別れるときもちゃんとするとか。学生の頃って、ぬるっと別れたりするじゃないですか? 「お前ら付き合ってなかったっけ?」「いや、最近連絡取ってないから、別れたのかも」みたいな。でも大人になってからそういうのって後悔するので、ちゃんと決着を付けておいたほうがいいと思います。友人関係でもそうですね。なんとなく仲が悪くなってしまって、大人になってもそのまま……ということが起こり得るので、仲が悪くなるならそれでもいいから、言いたいことはちゃんと言い切って、相手の言いたいこともちゃんと聞き切って終わるべき。そういう意味で、人間関係の面倒臭いことをきちんとやっておくことは、大事だったなと思います。その点『薫る花』は登場人物がみんな素直で、互いにぶつかり合うこともさぼっていないですよね。すごく難しいことですけど、ぜひ意識してみてほしいです。
――今のお話と重なるかもしれませんが、『薫る花』は人とのコミュニケーションや、想いを言葉にして伝えることの大切さを描いている作品かと思います。キタニさんご自身は、日頃コミュニケーションを取るときやご自分の想いを言葉にして伝えるときに、心掛けていることはありますか?
- キタニタツヤ
- 恥ずかしがらないことですね。自分を曝け出すって、そもそもものすごく恥ずかしいことですし、そのせいで上手く対話ができないということもあると思うんですけど。あとは過度に気を遣うことも、日本人らしい部分ではありつつ、恥のカルチャーから来ているのではないかな?と僕は思っていて。だから自分は友達に、けっこうクサいことも言いますよ(笑)。特に弱っている友達には。でもちょっとアツいくらいのほうが、ちょうど良かったりすることが多い気がします。まあ自分の周りにいるのが音楽家だったり、アツい人ばかり……というのあるのかもしれませんが(笑)。とにかく過剰に恥じることなく、ちょっとアツめにコミュニケーションを取ることを、自分は心掛けています。
――最後にファン&視聴者の方々へ、メッセージをいただけますと幸いです。
- キタニタツヤ
- この先TVアニメ『薫る花は凛と咲く』は、凛太郎と薫子のコミュニケーションがさらに深まり、ふたりの様子をみんなが見届ける時間になっていくと思います。そのなかで『まなざしは光』の曲の意味合いも、変わっていく印象を受けるのではないかな?と思っていて。この曲は、Aメロの少し薄暗い感じから少しずつ開けていく……という流れで、アニメの物語のなかで凛太郎がどうなっていくかを表せるよう意識しているんです。だからもうすぐサビに入るんだな?などと想像しながら、『まなざしは光』と共に本編をお楽しみいただき、彼らの物語を見届けてほしいなと思います。