音楽・原田萌喜 インタビュー
初々しい凛太郎と薫子から、学ぶことが多いです
――初めに原田さんが音楽として、TVアニメ『薫る花は凛と咲く』に参加することが決まった際のご心境から教えてください。
- 原田
- ただただ嬉しかったというのが一番でした。実は僕、アニメ作品の音楽を担当するのは、今作が初めてなんです。黒木美幸監督をはじめ、制作スタッフのみなさんも初めてご一緒する方ばかりでその点ではドキドキもありました。ただ、本作の音楽ディレクターでアニプレックスの西田圭稀さんとは、過去にも『たねつみの歌』や『Fate/Grand Order』といったゲーム作品でお仕事をご一緒していて、その都度フィードバックやディレクションを具体的かつ丁寧にいただけているなと感じていたんです。なので本作も、安心して制作に取り組むことができました。
――三香見サカ先生が手掛ける原作コミックを読んで、本作にどんな魅力を抱かれましたか?
- 原田
- まず原作者様は本当に心が澄んでいる方なんだろうな……!と。洗浄効果がある作品だと思います。
――凛太郎と薫子の関係性ややり取りは、どんなところが素敵だなと感じられましたか?
- 原田
- なんと言っても、初々しさですよね。見ているこちらがこそばゆくなってしまうくらい、ど直球じゃないですか。そこがすごく高校生らしくて、見ている方も共感しながら楽しめるのだと思いました。何よりふたりの関係性を見ていると、本当にお互いのことを想い合っているなということが端々で感じられ、大人である自分も見習わなければと、学ぶ部分が多いです。
――音楽の視点からは、原作をどのように捉えていましたか?
- 原田
- 本作のお話をいただいてから楽しく読み進めながらも、やっぱり「どういう音を当てていこうかな?」ということはずっと考えていて。高校生たちの生活を題材にしている作品ですので、かれこれ20年程前になる自分の学生時代を思い返したりもしました(笑)。そのなかでヒントになったのが、先ほども挙げたノベルゲーム『たねつみの歌』です。こちらはファンタジーな世界観の冒険譚で、音楽的にもいわゆるバトルもののような激しさはなかったんです。恋愛ものの側面をもつ『薫る花』は、日常曲が大事になってきますので、その点で近しいものがあるなと感じました。
――まさに『薫る花』の音楽は、爽やかな日常曲が多い印象です。原田さんはどちらかと言えばその系統の楽曲がお得意なのかな?とも感じました。
- 原田
- 僕自身はこれまでゲームのサウンドトラックを主に手掛けてきたので、バトルものも作ってきてはいるんです。なので今おっしゃっていただいた日常曲が得意というよりは、西田さんとご一緒するようになったことで、自分のなかの日常曲を作る引き出しをさらに広げ、増やしていくきっかけをいただけているなと思っています。
劇伴にはメロディをあまり入れず、むしろ薄めた楽曲を
――音楽的に抱かれた本作のテーマやイメージはありましたか?
- 原田
- 実は最初、けっこう悩んだんです。というのも、例えば「凛太郎くんだったらこの楽器」みたいに、楽器やジャンルを具体的に割り振ってあげたほうがいいのかな?と思ったりして。男子だったらアコギでじゃかじゃか青春感を出したり、女の子だったらマリンバなどマレット(打楽器)系で飾ってあげたり、よくある手法は取り入れようとは考えていたんですけど。結局原作をひと通り読み終えた段階でも、どうすべきか自分としては結論が出ませんでした。でも黒木監督とお会いして打ち合わせをしたときに、監督のほうから「そういったものは必要ないです」と言っていただいたんです。それを聞いて僕もそうだよな!と納得することができ、特定の民族楽器を使うだとか、このキャラだ!と一発で分かるような音を取り入れるといったことは、本作ではしていません。
――そのほかに監督側からはどんなお話がありましたか?
- 原田
- 一番大きなオーダーとしてあったのは、「メロディをあまり入れなくていい」ということでした。メロディが少ない作品もあるにはあると思うのですが、本作ではそれを極端に薄くしてほしいと。ゲームの曲の場合、映像はあるにしても、遊んでいるプレイヤーのテンションを維持し、飽きさせない必要があるという意味で、メロディの存在感は大事なんですね。それに対してアニメの場合、通常音楽は映像にぴったり合わせて使われるものになります。なかでも『薫る花』は活動範囲が限られた、いわば“箱庭もの”のお話になりますので、音楽がメロディアスで大きくなっていくと、そこばかり前に出てそっちに意識が行ってしまい、物語の心情を置き去りにしてしまうことになりかねません。それを考慮して、会話のメリハリを活かす音楽にしてほしいというご意図があるのかな、と受け取りました。ただ日常曲は大体1分半〜2分はあって、メロディを完全に無しにして作るということは、やっぱり難しい。だからどこまで入れたらいいか、その塩梅は頭を悩ませたところでした。
――ご自身としては本作で何か挑戦していることは?
- 原田
- ピアノとカルテットという小編成で作っているところが、僕としては珍しかったかなと思います。濱野高年音響監督から「劇伴はカルテットくらいでいいですよ」といただいて、それをヒントに「せっかく学校という箱庭の物語なんだから、あえて小さくまとめよう」と考えたんです。ゲームの音楽を作る際は、何十人という編成で壮大なものにしますが、今回のレコーディングは演奏者が4人だけ。それが『薫る花』の音楽を作るうえでは、逆にすごく効果的でした。
――ファーストPVをご覧になったときのお気持ちはいかがでしたか?
- 原田
- 音だけ作っている側からすると、音楽がちゃんと映像に乗っているものを観るまで、不安なんですよ。自分の作った曲は、綺麗にはまっているかな? ふたりのやり取りの画(え)に、違和感を持たせていないかな?と。でも実際にファーストPVを観てみたら、自分の想像以上に曲がはまっているなと感じました。音楽をすごく綺麗に使っていただけていて、安心しましたね。
――ファーストPVに使われている歌『ひとひら』は、劇伴よりも先に制作依頼があったと伺いました。
- 原田
- はい。そもそも最初のご依頼が、PV用の音楽を作ってほしいというものだったんです。PVが解禁された段階でも、劇伴制作自体は始まる前だったと記憶しています。
――そんな『ひとひら』は、どんなオーダーから作られた楽曲でしょう?
- 原田
- 「『未来予想図Ⅱ』のような、90年代初頭を思わせる懐メロっぽい雰囲気の曲が欲しい」というお話でした。参考曲の印象からも、当初完全に女声版をイメージして作ったのですが、男声版もぜひいただきたいということで、音域を変えるなどしてリアレンジしています。直球なラブソングが欲しいのだと解釈し、モダンで小難しいことはせずに、メロディで聴かせる曲を作っていきました。ただ『未来予想図Ⅱ』って、大人のラブソングじゃないですか。ブレーキランプを何回点滅させて……とか。でもそれって凛太郎くんは、きっとしないですよね(笑)。だから今を生きる高校生に、落とし込む必要があるなと思ったんです。
――なるほど。具体的にはどのように制作を進めていったのでしょう?
- 原田
- 合唱曲ともまた違う、入学式や終業式で歌えるようなポップソングをイメージして作っていきました。作詞は僕ではないものの、僕のマネージャーさんと監修させていただく形で、3人で相談しながら仕上げていきました。凛太郎くんと薫子ちゃん、ふたりの名前を連想させるワードも頭から入れています。作詞家と作曲家の作業は普通別々に行われるものなので、本作ならではの作業になったかと思います。
――この『ひとひら』のメロディラインは、ほかの劇伴でもさまざまな箇所で登場しますね。
- 原田
- 観ていて気付くかどうか、けっこう際どいところですよね(笑)。これも監督からのオーダーで、「『ひとひら』を大事に使ってほしい」といただいたことが、元になっています。ただメインテーマ(Flowering)だけは、『ひとひら』を軸としフルで使っているものの、ほかのところではそれこそ音楽先行になってしまわないよう、1曲を通して使うべきではないなと考えていて。ですのでコードを変えたり、メロディの端々を変えたり、サビの部分だけ使ったり……と、塩梅を慎重に考えながら、『ひとひら』のメロディをあちこちに散りばめています。
『薫る花』の音楽を飾っている、学校といえば!なあの楽器
――『ひとひら』の完成後、本格的に始まった劇伴制作は、どのくらいの期間をかけているのでしょう?
- 原田
- 先行で作る曲と後続で作る曲があったり、間も空いたりしながら、全部ひっくるめると2カ月ほどだったと思います。全 27 曲になりますが、アニメ自体は元々よく観る人間でしたし、監督たちのお力添えもあって、初めてのアニメだからすごく苦労が多かったといったことはなかったです。
――それでは各劇伴について、具体的なお話を聞かせてください。まず先ほど挙がった『ひとひら』のアレンジ曲でメインテーマとなる『Flowering』は、どんな楽曲でしょう?
- 原田
- この曲は「1本の花が、曲が進んでいくなかで、最終的には花束になるようにしてほしい」というオーダーをいただいた曲でした。その言葉を聞いて、僕も「それだ!」と思って。そこで小編成ではありますが、ピアノの音から始まり、徐々にストリングスや笛と楽器数を増やし、盛り上がっていく構成にしています。凛太郎くんと薫子ちゃん、ふたりの距離感が動くシーンや、自分の想いを伝えるシーンなど、主に会話がある大切な場面で使われることを想定しています。それを踏まえて、言葉をかき消さないように、息遣いを大事にして作りました。
――すぐに出来上がったという意味でも、作るのが楽しかった曲は?
- 原田
-
千鳥組の日常曲『ボーイズトーク』です。僕自身は色恋沙汰とは無縁の学生時代でしたが、凛太郎くんたちと同じく男子校出身だったこともあり、取り掛かりやすくて。ボーイズトークをイメージし、この曲が最初に完成しました。新情報解禁PVでも使っていただいていて、高校生の活発さがほどよく見えるものにできたかなと思っています。
それからマーチ風の曲『勉強するぞ!』も作りやすかったですね。スネアの軽い音を使って、マーチ感を演出しました。またこちらの曲では学校っぽさを入れたくて、リコーダーも使っています。カッコつけた曲にしてはいけなかったため、ほどよくチープにしながら、ちょっとしたこだわりを詰め込みました。本作では特殊な楽器は使っていませんが、リコーダーはちょこちょこ使っています。
――ご自身としても特に気に入っている一曲は?
- 原田
- 日々の生活を点描で描く際に、1曲くらいこういうものがあったほうがいいんじゃないかな?と思って作った曲があります。『薫る花』の劇伴ではバンドの音も適宜使っているのですが、賑やかにしすぎてはいけないことからも、ドラムセットはほとんど使っていません。そんななかでも『高校生活!』は、ドラムを入れて純粋に乗れる曲になっていて、学校らしい活発な雰囲気が出ているかなと。どんなシーンで流れるか、楽しみにしています。
――特に修正を重ねたり、監督のこだわりが見える曲は?
- 原田
- リテイク自体はすごく少なく、基本的にお任せいただけたという印象があります。打ち合わせでも監督たちは、1曲ずつ細かくイメージを伝えてくださったので、特別な疑問や不安を抱くことなく音楽制作を進めていくことができました。ただ1曲挙げるとしたら、心情を入れながら日常曲としてお出しした曲『芽吹きの予感』は、気持ちが盛り上がりすぎているというご指摘をいただきました。それこそ音楽が前に出てしまっていたのだと思います。レコーディング時にそれは自分でも感じていて、修正してはいたもののその名残りがあり、ご指摘はそのとおりだなと。そこでMIX段階でさらに調整し、盛り上がりを抑えめにした結果、うまく収められたのではと思います。監督のご指摘のなかでも、さすがだなと思ったことのひとつです。
――第2話で千鳥組の4人がカラオケに行くシーンでは、翔平が歌っている曲もありますね。
- 原田
- あれはこのシーンのためだけに作った、『STARLIGHT』という曲です(笑)。翔平はムードメーカーですし、もっと弾けた曲を歌うのかな?と思っていたのですが、打ち合わせで「『ひとひら』に準じたバラード系の曲を」といただいて、意外でした。サビしかないのですが、『ひとひら』よりはもう少し男の子っぽく、ギターが鳴って乗れる曲にしています。
――カラオケの曲までオリジナルで作っているなんて、『薫る花』のアニメが本当に細かなところまでこだわられているのを感じます!
- 原田
- そうですよね。ちなみにコードネームは『未来予想図Ⅱ』になぞらえて、『ひとひらⅡ』でした(笑)。
あえて作った“空白”に見える、効果的な音楽の使い方
――放送済みの本編をご覧になって、特に印象に残っているシーンを教えてください。
- 原田
- メインテーマの『Flowering』が流れる、第2話のラストシーンです。場面が切り替わっていくにも関わらず、曲を通して使ってくださっていることがすごく嬉しくて。『ひとひら』が元になっていることもあり、自分としては『Flowering』=“メインテーマ”という感覚があまりなかったんですよ。どちらかと言えば『ひとひら』がメインテーマで、『Flowering』は『ひとひら』を劇伴としてサポートできる曲という気持ちで作っていて。ですがこうしてシーンを跨ぎ、1曲を流していただけているのを見ると、曲を大事にしてくださっていることが伝わってきて、感動してしまいました。同様に、第1話ラストでふたりが別れるあたりでも、音楽をしっかり長く使っていただけていましたね。あの曲は本作のなかでも比較的メロディが立っている曲で、劇伴を書いて良かったなとここでも実感していました。
――どちらも音楽含め、素敵なシーンでした。
- 原田
- そうですよね。第5話以降も、どんなシーンで曲が使われるのか楽しみにしています! ほかにも可愛いシーンには可愛い曲をはめてもらっていたり、音楽を使っていただけている部分はもちろん、あえて音楽を入れずに空白にしているところにも、作り手のセンスを感じました。空白を作るって、これもまた塩梅が難しいと思うんです。実はこの作品に入る前、アニメの感覚に慣れるために、自分で練習的なことをしてみたんですけど。
――具体的にどんな練習でしょう?
- 原田
- ほかのアニメ作品を流しながら、自分だったらどんな音楽を付けるかな?と、アプローチしてみたんです。でも当然ですけど、どこでどんな曲をどれくらいの長さで入れるか、あるいは入れないかって、やっぱりすごく難しくて。なので『薫る花』のアニメを観ていると、メリハリを付けながら、自分の曲をすごく上手に使ってくださっているなと感じます。
――レコーディング時の思い出も伺いたいです。
- 原田
- レコーディングは2日間で行っていて、いつも美味しいお菓子を差し入れしてくださる西田さんが、この作品ではしっかりケーキを買ってきてくださいました。そっとケーキを取り出して、無言で切り進めていく西田さんを横目に、みんなで美味しくいただきながら談笑したのが楽しかったです(笑)。
――そのほかに制作裏話があれば、ぜひ教えてください。
- 原田
- 作っていて面白かった曲が、第1話冒頭で流れた合唱曲『春に』です。監督からのオーダーで制作が決まっていたこの曲は、実はアニプレックスのみなさんが歌ってくださっています。楽譜とピアノの伴奏を西田さんにお渡ししたところ、十数名の社内の方が協力してくださったそうで。みなさんお上手でしたし、ハンドメイドな曲が出てきて驚きました(笑)。みなさんの歌声も相まってすごく素敵な曲に仕上がり、アレンジするのも楽しかったです。
――最後にファン&視聴者の方々へメッセージをお願いします。
- 原田
- 第4話までも見どころが多く、みなさんすでに楽しんでくださっていると思いますが、僕も音楽が合わさりひとつの作品となった『薫る花』を、一視聴者として楽しんでいます。このあとも新たに出てくる曲があるはずですので、音楽にも耳を傾けながらご覧いただけましたら嬉しいです。メインテーマが今後どんなところでかかるのかも、どうぞ楽しみにしていてください。凛太郎くんと薫子ちゃんはもちろん、ふたり以外の関係もどんどん進展していくと思いますので、引き続きTVアニメ『薫る花は凛と咲く』のご視聴をよろしくお願いいたします!